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五臓六腑に染み渡る話。(最後らへんが)

2009/06/27 00:11
ぱぁっと忘れて空を飛ぶ!

連日、気が重い。
別に、何が、という訳ではないのだが、ただ漠然と。

そんな不毛な重荷なら、少なくとも今日は忘れて上から心地のよいイメージを被せてしまおう。Edit!

最近夢の話ばかりしているなぁと我ながら思うけども、よく夢を見るのだから仕方がない。だからまた、印象深い夢を、一つ綴る。(未来の私が注釈を加えるとすれば、夢のことをうまく綴れなかった。残念。)


帰り道、タクシーに乗ると、後部座席に男が座っていた。

「やあ、どうも。毎度ありがとうございます!どちらまで行かれますか?」

よく喋る男だった。耳に馴染む声だし、滑舌もいい。年齢は恐らく、30歳前後。彫りが深く整った顔立ちをしていて、誰からも好かれそうだった。日に焼けた肌と、引き締まった体がいかにも健康的だ。

「私はタクシー会社の調査員でしてね、今こうしてお客様と同乗させてもらいながら不備不足等問題がないか調べているのです。ですから、私のことはおかまいなく」


な、んだか、。

嫌な予感がした。
この男と、無口な運転手には関わりたくない。というか、関わっては行けないような気がする。

「それで、どこまで行かれるんです?」

後部座席の男は、人懐っこく馴染みやすい雰囲気を催眠術のように醸しだしていたが、同時に私は懐かしい寒気を感じていた。
それは、いつ豹変するかわからない危うさのような。

「○○まで」

それでも、私は既に車に乗ってしまっていたし、ドアは閉じてしまっている。何より、不自然なことをしたくなかったので極めて平静に行き先を告げた。

これは夢だけでなくよくあることなのだが、嫌な予感がした時に、こちらがイレギュラーなことをすることによって、何かが始まってしまうのではないかという危惧によるものだ。
それは勿論、こちらがアクションを起こさなくても起こる場合もある。或いは、結局起こらないという場合もある。イレギュラーなアクションを起こすことは賭けと同じだ。しかも、カイジのようにスリリングな。
そこには1か0しかないし、必ずどちらかを選択しなければならない。

澄んだ頭を持つ人はそこで的確な行動を選択することが出来るだろう。
しかし私のような鈍獣は常にこう考えてしまう。
「たかだかマサカの為に、行動する必要はないだろう。」
時々私は、刺されれば死ぬし、迫ってくる急行電車にぶつかれば死ぬ、ということを忘れてしまうようだ。だけれど、実際には結構簡単に人は人を壊すことが出来て、それでもそれをしないのは、それに対するシャカイテキナ対価があまりにも高いから、というだけなのである。(命綱なんてものは所詮迷信のようなものだ。目に見えないし、実際にそれが自分に装着されているかどうかはそれが崖から落とされるまでわからない。)
この前、道端にキーを差しっぱなしのバイクがあるのを見掛けたが、それと同じだ。あれを引っこ抜いて川に投げるだけで、バイクの持ち主は目の前が少々歪むことだろう。
恨みとか憎しみとか、そんなご大層なものがなくても、純粋な好奇心だけで人は人を不幸にすることが出来る。

のかもしれない、ということ。

話を戻そう。
私はタクシーの中で人が人を不幸にする可能性を考えながら、隣の男の話を聞いていた。
男はとても気が利き、感じがよく、(私にしては実に珍しいことだが、)話しやすかった。
次第に目的地に近づき、私はまだいくらか警戒をしていたものの、ポジティブな可能性が思い浮かんできた。

・この辺りまでくれば、家も近いしなんとかなるだろう。(残念ながら今考えると、車内にいる時点でなんともならない)
・この人たちは確かに怪しい。が、もしかしたら私は彼らに選ばれなかったのかもしれない。次に乗る人か、或いは次の次に乗る人か、ともかく私は彼らには選ばれなかった。(常習的に恐ろしい行いをしている印象があったのだ)

根拠はない。今のところ私がタクシーに乗ってから考えていることで、根拠があることは一つもない。
ただ私の傾向からして、危険に近い時は可能性と行動プランをシミュレーションし、不安が絶頂に達するとプツンと切れたように前向きが流れだすのだ。

ともかく、警戒は解除することなく、(徒労に終わるかもしれないが、)生きるためにはまず車を降りなければ、と思った。
その時だった。突然隣の男が叫びだして私にイチャモンをつけだしたのだ。

しきりに、ふざけんじゃねぇ降りろ、と言っている。
車は止まり、ドアは自動で開け放たれた。


「助かった」


と思った。
ただこうして叫ばれて山に放置されるだけなら、万々歳だ。予定よりずっといい。
金も取られるわけでもないし、この場所も把握している。目的がよくわからんけど助かった。


一応、お金は取られるかもしれないと思い、或いはだめ押しのように降りる瞬間に何かが起きる可能性があるため、後ずさりするように慎重に車を降りた。

降りた瞬間、見渡せる歩きやすい道ではなく、一目散に茂みに入りながら思ったこと。

・まだ警戒を解除してはいけない。
・ひかれるかもしれない。
・仮死から目覚めた虫を食べるトカゲのように、一旦放ってから改めてぶち殺す趣向があるのかもしれない。

逃げながら家に電話をした。
そんなことをすればうまく隠れることも、逃げることも出来ないが、相手が二人で追ってきた場合、恐らく逃げられない。それに、なんといってもこの山の丁度真裏には我が家がある。まず誰かに事情を知らせることが必要だと思った。

そして、家から逆の方向へ向かう。家の方面は暗いし、人も少ない。ともかくこのまま家から離れて下っていけば、24時間営業のなんたらが迎えてくれるはずだ。そこで助けを待てばいい。

後ろをみると、運転手が追ってきていた。
予想通り、逃げられそうになかった。

「何してんの?」

前方から急に声を掛けられた。それは、先輩とその友人らしき人々だった。
助かったと思うやいなや、今度はやつらを逃してなるものかと思い、向きを変え、運転手のシャツをひきちぎる思いで掴んだ。
隣に座っていた男も先輩たちが捕まえてくれたようだ。

そのまま私たちは先輩たちが乗っていた車に乗り、近くのガソリンスタンドで家族と警察が来るのを待った。
その間、すっかり安定と現実を取り戻した私は(何故か捕まえた人々も交えて)、流れていた野球を見ながらラーメンを食べた。

その野球中継なのだが、試合が今ちょうど終わり、今にも栄光の儀式をしようという時だった。

今回で引退する選手が画面に映っていた。
何かが、始まろうとしていた。

野球というのは、優れた選手を保つために、代々、過去の素晴らしい選手の内臓を入れ替えているらしい。その儀式が今まさに行われるのだとアナウンサーが伝えていた。
その栄えある内臓が移植された者は、野球のヒーローとしてたくさんの功績を残し、一番の注目を受ける。

スポーツは儀式を重んずるものなので、この儀式もまた、儀式の純粋性を保つため、極めて原始的なやり方で行われた。

引退する選手は命を落とす可能性があるため、多少の痛み止めや点滴がなされていた。しかし、不自然な行為からくる代償として、彼の体はエレファントマンのように醜く膨張し、触っただけでもベチャリと剥がれてしまいそうなくらい脆そうに見えた。

一方、それを受け取る新人選手は痛み止めも点滴も許されない。というか、しないことが当然なので彼もまた望まないのだ。栄光もまた、純粋な栄光でなくてはならない。
彼は同輩や先輩に腹を裂かれ、内臓をごっそり持ち出された。そして、その中の一人が、部活帰りに顔を洗うような無造作さで空洞の腹をゆすいだ。
腹の中に、まだ汚れが残っているのが見えた。

そして、引退する先輩の内臓が、ゆっくりと彼の体に入れられた。それは国旗を掲げる時のように丁重だった。

ぎゃぁぁあああああああああああ


内臓が彼の体に入った瞬間、彼はすさまじい叫び声をあげた。小人や妖精のように、人間ではないようなイビツでキャラクタリックな顔に変形し、叫び続けていた。

同時に、テレビには今までの儀式の回想シーンが流れた。白黒の映像で、昔の英雄が衰弱しながらもなんとか命の補助をせずに耐えきる姿や、儀式の途中で絶命した選手の姿が、現役選手の叫び声と、重々しい音楽隊のメロディと共に映される。
野球にこういう儀式があることを始めて知った私には、この儀式が、純粋で偏狭な名誉に思えた。しかしそれは、テレビやスタジアムの中だけでなく、それを刷り込みのように常識と認識している大多数の人々の期待が集結した、一つの形であった。

なんだか、私は急速に安定と食欲を失って、伸びたラーメンに溜め息をついた。
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