現実逃避がお盛んなんです。

2008/05/02 10:31
頭悪い。

ピアノの先生に、ピアノを弾く時はちゃんと自分で分析して弾かないと出来ないよ、みたいなことを言われててそれが最近やっとわかった。
今はもうピアノとかさっぱり弾かないけど。

音楽はどうしても雰囲気で弾きたい感じがして、難しいこととか考えたくなくて、でもまあ雰囲気だけじゃ完成しないわけで。
分析だけでも完成しないわけで。

なんというか、完成という言葉を使ったけども、完全というのは音楽だけじゃなく芸術全般ではだめな気がする。完全なものは、そこに夢想の権限を与えてくれないから。
そういう意味で、雰囲気で弾くのはいいと思う。
ピアノを弾く上で天才というのは、意識して分析しなくても弾き方がわかっている人なんじゃないかな。意識では100%雰囲気で弾いてるけど、無意識がちゃんと統制してくれてその雰囲気を完璧に再現できているということ。

基本的にわたしは天才って好きじゃないんだけど。
私が天才じゃないから、天才には同調できない。天才は苦労して力を手に入れることをしない(、そもそもする必要がない)から、そこの葛藤を知らない。
私はまさにそこの部分が人間の強さだと思うし、魅力を感じるところだから、天才には天才の苦悩があるにしても、そんなのはわからんし。
モーツァルトみたいにふっと浮かんでそのままサラサラ~ってできた曲よりベートーベンみたいに何度も書き直して譜面ぐっちゃぐちゃになって出来上がった曲の方が感情が感じられて好きだなあ。と思う。個人的に。

子供がなんでなんでって聞きまくるのは、聞けば答えが返ってくるって思ってるからだきっと。
ある程度になると自分で調べて自分で理解するようになる。それはめんどくさいことだから、だんだんしなくなる。んじゃないかなあ。
私は三月くらいまではわからないことは調べるけど自分の力で理解するということをほとんどしたことがなかったんじゃないかと思う。
自分が頭悪いとか、何にも考えてないとか思ってたのはそれだったんじゃないかな。
調べて読むところまでは行くけど理解しきれなかったところはあいまいのままか、改めて人に聞くということをしてた。
私は今まで勉強することがどういうことかわかってなかったのかもしれない。たぶん、自分の力で理解までもっていく力を身につける場でもあるんだろうね。それで、本を読むことと漫画を読むことの違いはそこにあるのかもしれない。
今まで漫画と本を同じように考えていたけど、漫画は本を読むよりもそれがどういうことなのかという理解をしようとする労力がとっても少なくて済む。よね?本より感覚で読めるんじゃないかなあ。

ワンピースで鼻水たらして大口開けて号泣してるところを見て、(泣いてる)、といちいち意識している人はいるのだろうか。

でも文章で、「彼は鼻水が垂れていることを気にも留めず、大声を出しながら泣き続けた」と読んだら、その言葉を情景に変換するのを意識的にやるだろう。
泣くぐらいじゃ意識的にはしないかもしれないけど、それが自分で消化できにくいものほど意識的にやる。

漫画は絵がそのまま情景になるからわざわざ意識で変換する作業が少ないんじゃないかなあ。
本が想像力を高めるとよく本で読むのは、そういう作業も含まれているのかなあと最近思う。
で、私が本は読んでいるけど想像力がなかったり気付かないことや見落とすことが多いのは、変換をなんとなく、曖昧にしていたからだ。漫画脳のまま本を読んでいたからだ。
いちいち理解しようとしてそこに時間を費やしていた人と差がでるのは当然だよね。

消化不良のことしか自分には残ってなくて、だから昔見たアニメなんかも、一話完結のギャグとかは内容で覚えてるものは全くなくて、笑うセールスマンとか、エヴァとかアキラとかウテナは直感で理解することが出来なかったから後々まで引きずってんだきっと。
そんでそこに執着なんかしちゃったからこんな歪んだ感じになっちゃったんだきっと。

最近は理解する努力を一応してて、そうするとずっと脳を使わなきゃいけないわけで、よく脳が停止しているのに気づく。いや、前からよく停止してたんだけど、今はそのまま強制終了じゃなくてフリーズがどうやったらまた動き出せるのか、そこに時間をかけて理解まで到達できる努力をしてます。

頭悪いなー。
思考がいちいち停止すんだよ。しかもまた動きだすのにすっごい時間かかるの。あたらしいシナプスを構築するのは難しい。でもそれをもっとスムーズにできるようになったらもう少し頭よくなれる気がする。し、視野も広がる。気がする。
(私は気づくと脳が停止して逃避するからさ。だからパニック起してるときなんかはまだ余裕なんだよね。本当にやばい時は危機感とか感じなくて、ただ「じゃあ、どうするか」ということをシミュレートするんだ。)

私は人生の先駆者の人たちにいろいろな脅しの類を言われても、それを聞き流すか悲観的になるかしかできない。
きっと回避したら都合よく生きられるんだろうけど、そんなに要領よくないし、一回しか生きれないんだったらそれについて考えるのもいいと思う。(この考えは詭弁のような気もする)
今しか私が存在できないんだったら、まっすぐじゃない、横道にもそれまくりな人生がいいかなーって思ったりするんだ。

わからないことをわかる努力をしていきたい。
(つーか、頭良くなりたい)
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